パンツをはいたサル 栗本慎一郎
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2022.1.5(現代書館。新版)
第一章 人間は知恵のある生物か
もっと憂うつになろう。憂うつになりきれば、逆に必ず光が見えるからである。(p33)
第二章 おカネという名のパンツ
借りという精神的なものが貨幣を要請しているので、資本論での「モノ」的尺度でしか測ろうとしないアプローチでは間違うでしょ栗本慎一郎.icon 必要以上の生産された財物は、祝祭における贈り物というかたちで蕩尽される。これに返礼がなされ、いわゆる交換となり、今日私たちのいう貨幣の起源ともなった。(p85) 第三章 パンツという名のパンツ
ここでいう「交換」とは蓄えてきたもの・過剰な人体などを消尽、破壊する行為、のこと
私たちにとっての性ってのは過剰の処理、破壊の陶酔なんだから、それぞれの性癖を正常/異常の図式で割ってもしょうがない 夜の時間、また暗い部屋でセックスしようとするのは、非日常空間を作るため
革命は、新たな共同幻想の必要性を感じる、既成の社会の中の弱い層が求める共同幻想の改革なのである。(…)社会全体が、共同幻想と私的幻想の離反から生じた自らの神経症を治す行動だったのである。(p123, 125) 宗教はこの世で満たされない私的幻想を、あの世で満たしてくれる…!
近親相姦のタブーは「母ー息子」の関係が、「女ー男」になることで、自己認識の体系・秩序が揺らぐからではないか 第七章 すべては「内なる知」によって決められるべきだ
すでに持っている内知に基づいて、考えなさい
自分を中心に据える
何についても同じだが、内知(暗黙知)はまず「これが正しいのではないのかな」とか「これはおかしいのではないのかな」という「感じ」としてやってくる。ここで注意せねばならないことは、それらは通常の疑念や不安と一見、同じ様相を持っていることだ。それらを判別するために、自分のなかから湧き起こるそういう感じが実際、どういう結果をもたらしてきたかをつねに自分なりに検証しておく必要がある。そうしてただ精神的な不安から生まれたものと、内知(暗黙知)が生み出したものとが区別できるようになる。そういう検証のほかに、自分自身の精神と身体を十分自然に対して解放しておく努力も必要である。近代的知識とか道徳というかたちで私たちを擁めとっている「外知」のネットワークがあるからだ。また、私たちの信じる自分の身体そのものがいつのまにか捻じられ歪められてしまっているかもしれない。パンツというものは、進化にも介入するものであった以上、そういうことも注意しておかねばならない。とくに注意すべきは、われわれの身体に組み込まれてしまっている支配や征服や攻撃への欲望と快感だろう。だから、支配や征服や攻撃への欲望と快感だけは意識的に抑えて「自然と共生して調和している自分」であるような努力だけは必要だ。(p218-219) ggkkiwat.icon
正直、すでにベスト本である
栗本慎一郎.iconの冗談混じりの文体がなんとも絶妙
所々論理が飛んでいるように見えるとこはある